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第六幕

last update Date de publication: 2025-10-20 20:45:08

それから一時間ほどの時が経ち、ようやくペテック公爵が我が宮殿前に姿を見せた。姫は護衛を含めた何人かのメイドを引き連れ公爵の到着に備える。と言っても、私が来たのは数分前のことで特に待っていたわけでもない。あっちが1秒でも遅れたら、すぐに帰るつもりでいる。

「リ、リアナ皇女…… はあ…… お、お久しぶりですなぁ……」

ペテック公爵は、お疲れだった。その太々とした顔から滝のごとく汗を垂れ流し、気味の悪い笑顔をこちらに見せつける。聞いていた通り白馬を連れていたが、ペテック公爵は、リードを握っているだけで乗馬していたわけではない。というより、同行している護衛達も誰一人として乗馬してるものはいなかった。まさか、この広大な敷地内を歩いてきたのだろうか。乗らないなら一体なんのために連れてきたんだろうか。つくづく愚かな人間だと思う。

「お会い出来て嬉しいですわペテック公爵。あれ? 随分、お疲れなようにも見えますが体調でも優れませんの? でしたら今日はひとまず帰られて、また体調の優れた時にでも来て下さい。私はいつでも、お待ちしていますよ」

「いえいえ。そんなことはありません…… ただ、少し疲れただけです。それにしても、なぜまたいきなり敷地内全域に乗馬禁止令など…… ワレが領地を離れた時には、そんな情報は無かったはずですが……」

「知りませんわ。お母様が決めたことですもの。ですよねオルディボ」

護衛は「間違いありません」と頭を下げる。どうにも腑に落ちないペテック公爵は戸惑いの表情を見せる。どうやら、カッコつけようとしたあまり馬車も連れずに来たせいで、最後まで歩くハメになったそうだ。しかし、良い運動になって良かったと思う。我ながら、良いことをしたと思う。

すぐさま、ペテック公爵を接客室へと案内する。その道中も姫と、ペテック公爵の間に護衛が入り出来るだけ接触しないように細心の注意が図られた。汗のせいなのか元からなのか普通に体臭が臭い。というか多分、後者だと思う。

「それで、本日はどういった御用件でいらしたのでしょうかペテック公爵」

姫は接客室に用意されたソファに一人座る。ペテック公爵も姫と向かい合うように用意されたソファに深々と腰掛ける。こうして向かい合ってマジマジと見てみると、ボタンが一つ外れていることに気がつく。きっと収まりきらなかったんだと思う。もう、不合格で良いかしら?

「もちろん、婚約の話ですぞ。前回は一度お見送りすると、仰っておりましたが。どうですか? 何か気持ちの変化はありましたかな? ハハッ」

「まったく変化ありませんわペテック公爵。なにせ前回来られた日から今日まで一度として貴殿のことを考えたことはありませんでしたから。それより、あなた達ペテック公爵が暑がってますわ。あおいで差し上げなさい」

すると二人のハウスメイドが巨大な団扇を持ちペテック公爵に風を送った。

「こ、これは嬉しい気遣いですな。ハハッ……」

「いえいえ。お気になさらないで下さい。良い対談には良い環境作りが必要ですから」

臭いを、こちらに来させないためだ。

「そう言えば、皇后陛下が来られているとお聞きしましたが、今はどちらに。前回はお会い出来ませんでしたからな、今回こそはぜひ」

「申し訳ございませんぺテック公爵。お母様は今、大事なお仕事で手が外せませんの。今晩の社交界にでも、お声をかけてみてはいかがですか。無論、お母様が相手をするとは思えませんけどね。あなた達、お茶のおかわりを持ってきてちょうだい。それと、ぺテック公爵にはお水を足してあげなさい」

一人のハウスメイドが姫のカップを新しいモノと置き替える。無論、この時も姫は表情を一切崩さない。ぺテック公爵は足された水を一気に飲み干すと、ボロは出せまいと呼吸を整え気持ちを落ち着かせる。きっと、本来は短気な人間なのだろう。

「なんと言いますか。ワレが、こんな事を言うのもおこがましいですが、リアナ皇女は今年で18を迎えられます。本来であれば、とっくに結婚し子を授かっている時期です。それなのにリアナ皇女は、まだ結婚すらしていない。きっと今まで皇女に見合うだけの男が見つからなかったんでしょう。ワレとしても、そんな皇女を助けたい一心で……」

姫は、お茶を半分残したままカップを机に置いた。

「あら、素晴らしい気遣いですことぺテック公爵。でも、それでいて不快ですわ」

姫が左手をそっと挙げる。すると、団扇を持っていた二人のハウスメイドが団扇を閉じ、一礼とともに接客室から退出した。

「も、申し訳ございません。決してそのようなつもりは……」

「私の心配をなさる前に、ご自分の心配をなさってはいかがですかぺテック公爵。貴殿ももう時期32を迎えらるのでしょう? そんな容姿で若さまで失っては、せっかくの爵位に傷が付いてしまいますわ」

ぺテック公爵は眉間に僅かにシワを寄せ、拳をギュッと握りしめた。この様子を見るに、本気で私を心配して来ているわけでは無いんだと思う。

「姫様、マフィンはいかがですか?」

護衛の男は何の前触れも無く大量のマフィンが盛られた皿を持って来る。一見、気を遣わして持って来たようにも見える。しかし、これは「優しくしろ」という隠語だ。男の、この満面の笑みが、それを物語る。

「まあ、珍しく気が効くじゃないオルディボ。……結構よ。」

「その提案は、お断りだ」という隠語だ。男は困惑した様子で「失礼しました」と皿を下げた。

「リアナ皇女がいらないのでしたら代わりにワレが……」

「早くお皿を下げなさいオルディボ。対談の邪魔になるわ」

護衛はぺテック公爵が差し出した手をモノともせず皿をハウスメイドに受け渡す。その際、ぺテック公爵は顔を歪ませた。そろそろ限界なのだろうか。

「リアナ皇女! どうか、教えて下さい。一体、どうすればリアナ皇女はワレとの結婚を認めて下さるのですか。ワレが持っている物であれば何だったて差し上げます。この国にワレ以上にリアナ皇女の皇配に相応しい男などおりません! 必ずや、この国のお役に立って見せましょう。それでもと言うのなら。このぺテック、結婚を許してもらえるのであれば、命だって掛けられます。リアナ皇女、どうかワレと…… はぁ…… はぁ……」

ぺテック公爵は最後の力を使い果たしたように息を切らす。皇配、ね……

「も、申し訳ございません。つい、熱が入ってしまい……」

「別に構いませんよぺテック公爵。それだけ私のことを思って下さってくれて嬉しい限りです。ただ、皇配の件に関しては、今回は聞かなかったことにします。お父様が知ったら大変なことになりますからね。さてと……」

ぺテック公爵がどこか安心した様子を見せる中、姫はおもむろに席を立ち上がると、一人窓際へと足を運んだ。姫の合図で二人のハウスメイドが窓を全開にする。その様子をただ傍観するペテック公爵。

「私、この景色が本当に好きなの。小さい頃から毎日眺めているけど一度だって飽きたことが無いの。なんでだと思いますぺテック公爵」

「そ、そうですな。やはり小さな頃から見ていて馴染みのある景色だからではないですかな。ワレも似たような経験がありますぞ」

ぺテック公爵は、なぜか自慢気に応える。

「あっそ…… 違いますわぺテック公爵。私、これ以外の景色を見たことがありませんの。お父様が厳しくて一度たりとも帝都の外の世界を見たことがありません。だから、この景色以上のモノも、これ以下のモノも知らない。海だって私からすれば本の中のおとぎ話の存在に過ぎません。本当にあるのか今でも疑っています。だから、いつもこうして外を眺めていると自由に飛び回る鳥達の姿が羨ましく思えて仕方ありません。どうして、人間はあの鳥達のように自由に飛び回れないのかしら。私、一度でいいから人が自由に空を飛んでいるところを見てみたいの……」

その場にいた全ての人が何も口に出来なかった。ぺテック公爵も、ただ姫の言葉に耳を傾けている。窓から流れる風が姫の髪を僅かに靡かせる。

「お願い、ぺテック公爵…… "飛んで"」

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